

岐阜県中津川市蛭川で真菰・マコモダケを育てている、ひるかわファームです。
真菰(まこも)と聞くと「マコモダケ」という食材を思い浮かべる方が多いかもしれません。ですが真菰は、日本人にとって古くから神事と深く結びついてきた植物でもあります。しめ縄や茅の輪、出雲大社の「真菰神事」など、日本各地の神社仏閣や年中行事の中に、今も真菰の姿を見つけることができます。
この記事では、真菰と神事の関わりについて、文献に残る記録と、実際に真菰を育てる生産者としての視点の両方からご紹介します。
真菰はイネ科マコモ属の多年草で、池や沼、川辺など水のあるところに群生します。1億年以上前の地層からも真菰の化石が発見されているとされ、古くから姿を変えずに生き続けてきた植物と言われています。
その生命力の強さや、水辺という「浄」と「不浄」の境界に生える性質から、真菰は古来「神が宿る草」として扱われてきたと言われています。実際に、真菰は以下のような形で神事や信仰と結びついてきました。
一つずつ見ていきます。
真菰は『古事記』『日本書紀』にもその名が記されていると言われており、日本人と非常に古くからの関わりを持つ植物とされています[要一次情報確認:原典該当箇所の確認]。
また『万葉集』では「コモ(菰・薦)」として詠まれており、真菰にちなんだ歌は十数首にのぼるとされています。当時、真菰の茎葉は乾燥させて枕やむしろ、神事の道具の材料として使われていたと言われています。
このように真菰は、単なる食用・実用植物としてだけでなく、和歌に詠まれるほど生活に根づいた存在だったことがうかがえます。
しめ縄は、神域と現世を分ける「結界」の印として神社や正月飾りに使われます。その起源は、天照大御神が天岩戸からお出ましになった際、再び隠れることのないよう岩戸にしめ縄を張ったという神話に由来すると言われています。
しめ縄の材料としては稲わらが用いられることが一般的ですが、真菰もまた古くからしめ縄や菰(こも)・むしろ・簀(すだれ)の材料として使われてきたとされています。また、毎年6月30日に多くの神社で行われる「夏越(なごし)の大祓」の「茅の輪くぐり」についても、真菰と同じく水辺に群生するイネ科植物が使われる例が地域によって見られると言われています。
真菰と神事の関わりを語る上で欠かせないのが、島根県・出雲大社で毎年6月1日に執り行われる「涼殿祭(すずみどののまつり)」です。別名「真菰の神事」とも呼ばれています。
祭典当日、出雲大社境内の「出雲の森」から御手洗井(みたらしのい)までの道には白砂が盛られ、神職の手によって青々とした真菰が一本一本丁寧に敷かれます。その真菰の道を、御幣を持った國造(こくそう)が歩み、後に続く参列者たちは、その真菰を競うようにいただき受けます。
持ち帰った真菰は、
と、古くから伝えられています。夏の始まりに際し、けがれを祓い、無病息災を祈願する神事として、地元の人々や参拝者に長く親しまれてきました。
真菰は、お盆に先祖の霊をお迎えする「精霊棚(盆棚)」にも敷かれることがあると言われています。棚に真菰を敷き、その上にナスやキュウリで作った牛馬、季節の野菜や果物、団子などをお供えする風習が各地に残っているとされています。
これも、真菰が「浄」の空間を作る植物として扱われてきたことのひとつの表れと考えられます。
真菰を育てていると、単なる農作物という以上に「昔から特別に扱われてきた植物なのだ」と実感する場面がいくつかあります。
一つは、天皇陛下の御座にも真菰が使われていると聞いたことです。私自身、詳しい経緯や出典を確認できているわけではありませんが、宮中の伝統的な儀式の中で真菰が用いられているという話を耳にすると、この植物が古くからいかに格式高く扱われてきたかを改めて感じます。
もう一つ、実際にお客様からいただく声として実感するのが、お盆の時期の需要です。真菰で編んだゴザを、お盆に精霊棚(盆棚)へ敷くために使いたいというご要望をいただくことがあります。ナスやキュウリの牛馬とともに真菰のゴザを敷いてご先祖様をお迎えする——そうした風習が今も各地の家庭に息づいていることを、こうしたお問い合わせを通じて日々実感しています。
真菰は、古事記や万葉集の時代から日本人の暮らしと信仰の中に息づいてきた植物です。出雲大社の涼殿祭をはじめ、しめ縄や茅の輪、お盆の精霊棚など、今も各地の神事・行事の中にその存在を見ることができます。
当農園では、そうした歴史や信仰の背景に思いを馳せながら、岐阜県中津川市蛭川の地で真菰・マコモダケを育てています。